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この仕事を始めて、いつの間にかせっかちな性格になってしまった。
三十路を前に、煩悩も増すばかりだ。静かな場所で自分を見つめたくなり、
素人でも気軽に座禅が体験できるという岡山市円山の「人間禅」中国道場を訪ねてみた。
 道場は、同市郊外の小高い森の中にある。古めかしい木造の建物に足を踏み入れると、
指導役の河本雄策さん(83)が笑顔で迎えてくれた。座禅を組むのは初めてと言うと、
「現代人は仕事に振り回され、追いまくられている。若いうちに仕事が忙しいのは仕方ないが、
心を落ち着け本来の自分を見つめることも大事」と河本さん。
 早速、正しい姿勢や心構えの手ほどきを受ける。調身(正しい姿勢をとる)、
調息(呼吸を整える)、調心(心を整える)の三つが基本と教わった。
 まず、素足になって座布団の上に腰を下ろし、左足を右足のももの上に乗せた。
両ひざを畳につけるようにして足を組み、頭のてっぺんから尾てい骨まで真っすぐに
なるよう背景を伸ばした。
 次に右手の上に左手を乗せ、親指を合わせてへその下に置く。集中しようとまぶたを
下ろしてみたら、「妄想がわくから目を閉じてはだめ。1メートル先に視線を落としなさい」。
すかさず素人の思い込みをたしなめられた。静かに自分の呼吸を調え、一切の雑念を払う
よう指導された。
 広さ50畳の禅堂に、記者を含め5人。「チーン」という鐘と、「カチ」という拍子木の音が
響き渡る。午後7時、座禅が始まった。
 早速教えられた通り、静かにゆっくりと呼吸をしてみる。単純に思えたが、
慣れ親しんだせっかちな呼吸を変えるのは、なかなか難しい。
 小さな虫の羽音が耳元に聞こえる。「座禅中に手を動かしていいのだろうか」と周りを
見渡しそうになるが、そうもいかない。つばをのみ込むと、静寂を崩すように「ごくん」と
大きな音がして、慌ててしまった。
 新参者の落ち着きのなさを察知してか、河本さんが静かに立ち上がった。
そろっ、そろっとこちらに静かに近づいてくる。テレビなどで何度も見たあのシーン。
ついにきた。「パシン。パシン。パシン」。合掌して両手を畳につくと、樫でできた
警策という細長い木板で背中をたたかれた。思ったより痛いが、警策の音と一緒に
雑念が払われたような気がしてなかなか痛快だ。通常は1回45分間だが、初めてなので
短い休憩を挟み、30分間の座禅を2回繰り返した。
 「チーン」「カチ」。終わりを告げる鐘と拍子木の音が再び鳴り、ふっと我に返った。
誰かに背中を軽くたたかれ、そっと目覚めたような気分だ。足は痛いが、気持ちを
穏やかに保つことができたように思え、思わず笑みが漏れた。
 「一回だけで禅のすばらしさは分からないが、時間を見つけてまた来なさい。
心が落ち着くと自信が出て、何事も前向きに臨めるようになるから」
 帰り際に河本さんに言われた言葉を思い出しながら山を下った。仕事柄、毎日座禅を
組むのは難しい。でも、「自分を見つめる大切さ」だけは忘れないようにしたいと思った。

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